神戸地方裁判所 平成3年(ワ)128号 判決 1992年6月19日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
【事 実】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告二葉正男および同有限会社サントクは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成三年二月九日から右明渡しずみまで一か月金二四万四八〇〇円の割合による金員を支払え。
2 (被告二葉正男に対する予備的請求)
被告二葉正男が別紙物件目録記載の建物について賃借権を有しないことを確認する。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 第1項及び第3項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 岸卯株式会社は、もと別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。
原告は、平成二年一一月二日、右会社を吸収合併してその権利義務を包括承継して本件建物の所有権を取得し、同月二七日、右合併を原因として同建物につき所有権移転登記を経由した。
2 被告二葉正男(以下「被告二葉」という。)及び被告有限会社サントク(以下「被告サントク」という。)は、本件建物を占有使用している。
3 本件建物の賃料は、一か月二四万四八〇〇円が相当である。
4 (予備的請求原因)被告二葉は、本件建物の賃借権を有していると主張している。
5 よつて、原告は、所有権に基づき、被告らに対し、本件建物の明渡しと訴状送達の日の翌日である平成三年二月九日から右建物明渡しずみまで一か月二四万四八〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、予備的に、被告二葉に対し、同被告が賃借権を有しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、被告二葉が本件建物を占有使用していることは認めるが、その余は否認する。
3 同3は認める。
4 同4は認める。
三 抗弁
被告二葉は、昭和五一年一二月六日、岸卯株式会社との間で、賃料一か月一三万五〇〇〇円、共益費一か月一万二五〇〇円、期間二年の約定で被告二葉が岸卯株式会社から本件建物を借り受ける旨の契約を締結して本件建物の引渡しを受けた。その後、同賃貸借契約は更新され、平成三年一月分以降の賃料、共益費および消費税の合計額は、一か月二四万四八〇〇円に改定されている。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。
五 再抗弁
被告二葉は、昭和六二年一一月ころ、被告サントクに対し、岸卯株式会社の承諾を得ずに本件建物を転貸し、その後も、同社又は原告の承諾を得ることなく、被告サントクに対して同建物を使用させ、被告サントクは、同建物で飲食店を営んで同建物を使用収益していた。そこで、原告は、平成三年一月一九日に到達した書面で、被告二葉に対し、本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁のうち、原告主張の書面が到達したことは認めるが、その余は否認する。
被告二葉が、本件建物で行つている店舗「牛丼屋」は、以前同人が同所で経営していた「吉野屋」のフランチャイズ契約と類似した契約により、被告二葉がオーナーとして経営するものであり、被告サントクに対する転貸の事実はない。
七 再々抗弁
1 (仮に転貸であつたとしても)本件建物で行つている店舗「牛丼屋」の経営は、昭和五一年一二月ころから昭和六二年一一月ころまで株式会社吉野屋が行つていた「吉野屋」に引き続いてフランチャイズ契約と類似の経営方式によつたものであり、岸卯株式会社及び原告も、右二店の経営を認識して長期に渡つて異議を述べず、また同店舗の経営により格別の不利益を被つたこともない。
2 本件明渡請求は、表面上は、無断転貸を理由とする賃貸借契約解除の形態をとつているが、実際には、経済的効果を狙い、被告二葉の前記店舗の立退きを迫つたものである。
3 以上により、本件建物の転貸借には、信頼関係を破壊しない特段の事情があり、また、前記賃貸借契約解除及び建物明渡請求は、信義則に反する行為である。
八 再々抗弁に対する認否
1 再々抗弁1のうち、岸卯株式会社及び原告は、被告二葉が、「吉野屋」の屋号で本件建物において店舗経営をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。岸卯株式会社及び原告は、本件建物における経営が株式会社吉野屋とのフランチャイズ契約によるものであることは知らなかつたし、前記「牛丼屋」の経営実体についても、平成二年に至るまで知らなかつたものであり、右二店舗の経営について承諾した事実はない。
本件建物の転貸は、被告らにおいて、岸卯株式会社及び原告に分からないように巧妙かつ隠匿して行われたものであり、その背信性は、原告との信頼関係を著しく破壊するものである。
2 同2は、否認する。
3 同3は、争う。
第三 証拠《略》
【理 由】
一1 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
2 請求原因2の事実のうち、被告二葉が本件建物を占有していることは、当事者間に争いがない。
被告サントクが、本件建物を占有しているか否かについては、再抗弁である転貸が認められるか否かに関わる事実であるから、後に、転貸の問題とまとめて検討する。
二 抗弁事実は、当事者間に争いがない。
三 再抗弁について
1 《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 被告二葉は、昭和五一年に岸卯株式会社から本件建物を賃借した直後から、同建物において、株式会社吉野屋との間で牛丼屋のフランチャイズ契約を締結し、同社の指導の下で、牛丼屋を経営してきた。
店舗には、吉野屋の看板等が掲げられていたし、また、牛丼屋の従業員は、吉野屋から派遣されてきた者であり、日常業務は全て仕入れや売上金の管理も含めて、派遣された従業員が当たつており、被告二葉自身は、店に出ることは全くなかつた。毎日の売上金は、右従業員により、被告二葉の銀行口座に振り込まれ、その中から、被告二葉が、毎月、吉野屋が指定する金額(フランチャイズフィーに広告宣伝費等を加えたもの)を、吉野屋に対し、支払つていた。
(2) 昭和五五年、吉野屋が会社更生法に基づく更生会社となり、一〇坪以下の面積の小さい店舗について、フランチャイズ契約の対象から外す方針を取つたため、本件建物における牛丼屋の営業についても、吉野屋の援助を得ることができなくなつた。
そこで、被告二葉は、昭和六二年一一月ころ、レストラン等を経営する被告サントクの代表者である宮下隆志に対し、引き続き、本件建物において、吉野屋と同様の形態で牛丼屋を経営していきたいとの意向を伝え、そのための助力を要請した。被告サントクの代表者宮下隆志は、かつて吉野屋に勤務していたことがあり、被告二葉は、そのころから、宮下と知り合いであつた。
(3) このような経緯で、被告二葉は、被告サントクとの間で、新たに、本件建物における牛丼専門店の経営の委託に関する契約を締結した。店舗の屋号は「牛丼屋」とし、吉野屋時代とは、看板と一部の外装等に変更を加えたが、内装はほぼそのままとし、取扱商品も吉野屋時代と同様に牛丼のみの専門店とした。
なお、被告サントクは、レストランの外、自ら「珍丼亭」の名称で丼物を提供する食堂を一〇店舗以上経営しているが、「珍丼亭」は、牛丼だけでなく、他の丼物も顧客に提供している。
(4) 右契約締結以降、被告サントクは、右契約に基づき、本件建物において、材料の仕入れ、派遣従業員の手配、店舗営業全般の管理を行つている。
派遣される従業員の雇主は、被告サントクであり、その募集、採用、給料の支払は、同被告が自ら経営するレストランや「珍丼亭」と同様に、全て被告サントクが行つている。
被告サントクは、右店舗営業の管理として、材料費、派遣従業員の給料、光熱費その他の費用の計算・支払及び売上代金の管理等を被告サントクの預金口座を使用して行い、右管理・計算に基づき、売上代金から所定の経費、経営管理の対価等を差し引いた金額を被告二葉に対し支払うという趣旨で、毎月末日に被告サントクが、被告二葉に送金している。その額は、被告サントクにおいては、吉野屋のようにコンピュータを使用しないで手計算で事務を処理するため、毎月ほぼ定額とし、以前の吉野屋時代の実績をもとに、一か月五〇万円(一月と一二月は、七〇万円)と定められている。これに加え、被告サントクは、店舗における水道光熱費並びに被告二葉が原告に支払う家賃相当分も負担し、これを被告二葉に送金している。
(5) 本件建物における店舗の営業許可は、吉野屋時代と同様に、被告二葉が、取得している。これに対し、本件建物の水道の使用に関する神戸市との間の契約は、現在では被告サントク名義となつている。
2 以上の事実によれば、被告二葉と被告サントクとの間の契約は、被告サントクが、牛丼屋の材料の仕入れ、派遣従業員の手配、店舗営業全般の管理を行い、かつ費用の計算、支払及び売上代金の管理等を被告サントクの預金口座を使用して行い、右管理、計算に基づき、売上代金から所定の経費、経営管理の対価等を差し引いた金額を被告二葉に対し支払つているのであつて、全面的なものであるか否かは別として、少なくとも営業の委任に関する契約であると認められる。そして、原告は、この事実をもつて、右両者間の契約が建物転貸借に当たると主張するのである。
3 しかしながら、右1に認定したところによれば、右店舗の営業許可は、被告二葉においてこれを取得していること、右店舗で顧客に提供する商品は、被告二葉の意向により、以前の「吉野屋」時代と同じく牛丼のみとし、被告サントクが他所で自ら経営している「珍丼亭」等とは異なつていることなどが認められ、これらの事実からすれば、本件建物における店舗経営についての最終的な判断権は、なお被告二葉に帰属していると認められる。
これに関し、被告サントクから被告二葉に対して毎月定額による金員が支払われていることについては、営業上の利益が右の額を超えて存したからこれまで支払われてきたのであり、利益が右定額に達しない場合にまで支払われるという趣旨のものとは解されないから、決して営業を全面的に委ねたことに対する報酬であるとか、営業の賃貸借に対する対価であるという意味合いのものではないと認められる。
なお、水道の使用に関する契約の名義が被告サントクとなつていることも、同被告が水道光熱費も含め、費用の計算、管理を委ねられており、まず請求者に対し支払うこととされているのが同被告であることから、神戸市に対する契約の名義を同被告としたことは、決して不当なことではなく、このことをもつて、経営主体が被告サントクにあるということはできない。
4 そして、吉野屋とのフランチャイズ契約に基づく営業が行われていた十年以上の間、本件建物には吉野屋の看板が掲げられており、直営店かフランチャイズ店かの区別はともかく、外観から判断して、吉野屋のチェーン店であることを直ちに知ることができたと思われるが、その間において、原告(又はその前身である岸卯株式会社)は、本件建物の使用につき、特に異論を述べていなかつたところ、前記認定によれば、被告サントクとの契約に基づく本件建物における牛丼屋の経営については、細部につき異なる点があるものの、吉野屋とのフランチャイズ契約に基づいて行われていたときと、取扱商品、外観、従業員の派遣、仕入れ、売上金等の管理において基本的に変わりはないのである。
したがつて、被告二葉と被告サントクとの関係は、原告側が容認していた被告二葉と吉野屋との関係と基本的に変わるところはないといわなければならない。
5 そもそも、本件建物の利用関係についての被告二葉と被告サントクの合意が転貸借にあたるとするためには、同両名の合致した意思が賃貸借を内容とするものでなくてはならないが、被告二葉本人及び被告サントク代表者の各尋問結果によれば、被告二葉において、被告サントクに独立した占有使用権限を与えるという意思があつたことは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。このことは、被告サントクについても同様であり、かえつて被告サントクが転貸借の対価としての賃料を被告二葉に対して支払う旨の意思はなかつたと認められる。
6 以上によれば、本件建物における牛丼屋の営業について、被告二葉は、最終的な決定権を有しており、その経営主体であるということができ、被告二葉と被告サントクとの関係は、あくまでも、牛丼屋の営業に関してその事務の一部を委任するものであつて、被告サントクにその経営を全面的に委ねたものではないし、営業を賃貸したものでもないと認められる。したがつて、被告二葉と被告サントクとの間には、本件建物についての賃貸借契約は存在せず、被告サントクの同建物の利用は、被告二葉が有する賃借権についての履行補助者ないしは占有補助者としてのものであると評することができ、独立の占有権限又は独立の占有を有しているものではないと解されるから、原告主張の転貸の事実を認めることはできない。
7 したがつて、原告の主張する再抗弁事実は認めることができない。
四 以上によれば、原告の被告二葉に対する賃借権が存在しないことの確認を求める予備的請求に理由がないことは明らかである。
五 よつて、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉野孝義)